~メロディと詞の個展~   メグッポイドが歌います     もう一度
 

      宮沢賢治 「雨ニモマケズ」 ヘ短調


       詞  宮沢賢治    曲  板倉直壽 2012年4月  歌 メグッポイド    ハ長調はこちら

「雨ニモマケズ」

雨ニモマケズ  風ニモマケズ

雪ニモ  夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲ  モチ

慾ハナク  決シテ瞋(イカ)ラズ

イツモシズカニワラッテイル

一日ニ玄米四合ト  味噌ト

少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ  入レズニ

ヨク  ミキキシ  ワカリ

ソシテ  ワスレズ

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ

小サナ萱ブキノ  小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモ  アレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテ  ソノ  稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ  死ニソウナヒトアレバ

行ッテ  コワガラナクテモイヽトイヒ

北ニ  ケンクヮヤ  ソショウガアレバ

ツマラナイカラ  ヤメロトイヒ

ヒドリノトキハ  ナミダヲナガシ

サムサノナツハ  オロオロアルキ

ミンナニ  デクノボウト  ヨバレ

ホメラレモセズ  クニモサレズ

ソイウイウモノニ  ワタシハ  ナリタイ




南無無辺行菩薩(なむむへんぎょうぼさつ)
南無上行菩薩(なむじょうぎょうぼさつ)
南無多宝如来(なむたほうにょらい)
南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)
南無浄行菩薩(なむじょうぎょうぼさつ)
南無安立行菩薩(なむあんりゅうぎょうぼさつ)

「雨にも負けず」

雨にも負けず 風にも負けず

雪にも 夏の暑さにも負けぬ

丈夫な体をもち

慾はなく 決して瞋らず

いつも 静かに笑っている

一日に 玄米四合と 味噌と

少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく 見聞きし 分かり

そして 忘れず

野原の 松の林の 陰の

小さな 萱ぶきの 小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って 看病してやり

西に疲れた母あれば

行って その稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って 怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば、

つまらないから やめろと言い

日照りの時は 涙を流し

寒さの夏は おろおろ歩き

みんなに 木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ

(ほ)められもせず 苦にもされず

そういうものに 私はなりたい




南無無辺行菩薩(なむむへんぎょうぼさつ)
南無上行菩薩(なむじょうぎょうぼさつ)
南無多宝如来(なむたほうにょらい)
南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)
南無浄行菩薩(なむじょうぎょうぼさつ)
南無安立行菩薩(なむあんりゅうぎょうぼさつ)

   
「雨にも負けず」と私 
雨にもマケズ」は、宮沢賢治の他の詩集や童話の文言に比べると、あまりにも表現が普通で、わかりやすく、賢治らしいすごさを感じさせない気がします。しかし、詩とは、心を表現した短い文章のことだとすると、これもまた詩であることに変わりはないと思います。手帳に書き留めてあったというこの詩は、おそらく文学的な詩として書いたというより、自身への戒めとして書いたのではないかという気がします。自分が詩(詞)を書くと、こんな感じの言葉になることが多いので、私としては親近感を覚える詩です。私は学生の頃、この詩の全篇を暗唱したことがありました。その後いつしか口にすることがなくなっていたので、部分的には少々忘れていましたが、何十年かたった今でも、ちょっと読み返すとほとんど諳(そら)んずることができます。 若かりしころ蓄えた財産の1つといえるでしょうか。 07/03/29   
「雨にも負けず」の様々な楽曲と、私の考え 
「雨にも負けず」のさまざまな楽曲の中には、冒頭の「雨にも負けず、風にも負けず」を強調して、これをくり返したり、他の言葉を割愛したりするものが見られますが、私は、­それには違和感を感じます。何故なら、賢治にとって、全ての言葉は同等に意味のある言葉だと思うからです。どの言葉も他の言葉に勝らず、また、劣るものではないと思うから­です。
 確かに「雨にも負けず、風にも負けず」は強い意思を表して、大多数の人の共感を得やすいかもしれませんし、それ以外の言葉は、賢治独特の生活や価値観が入り、自分はそういう生き­方はしていない、そうは思わない、という人も少なくないかもしれません。しかし、最後に「そういうものに私はなりたい」とあるように、賢治にとって、これらの全て(の言葉)は、その1つ1つが願いであり、そうありたいと感じていたのだと思います。そして、これらの言葉は、誰かを励ますために書かれたのではなく、自分の目標を示し、自分を励ますための言葉だったのではないかと思います。
 大震災のあと、「雨にも負けず」が、被災地の方々を励ますために歌われたかのような記事を見ますが、もしそうだとすると、それは少し違うのではないかと思います。この歌は、苦しんでいる人を励ます為のものではなく、苦しんでいる人の役に立つ人間になりたいという願望の歌だと思うからです。もしも冒頭の「雨にも負けず」の言葉ばかりが強調されて、人を励ます為に歌われるなら、それは、賢治の意図とは違うような気がするのです。 2012.5.22
 
「ヒドリ」という言葉  
ヒドリノトキハ」という言葉について、つい最近になって諸説あることを知りました。「ヒドリ」は「日照り」の誤字だから「日照り」に書き換えるべきという説が一般のようですが、ヒドリは「日取り(日雇)」のことだからヒデリは正しくないという説や、「ヒドリマゲ」という言葉があるように、日照りのことをヒドリというのは間違いではないからヒドリのままでいいという説などがあるようです(ウィキペディア 「雨ニモマケズ」より)。
 それについて私は、昔、初めてこの言葉に接したときに、これは「日照り」の意味だろうと単純に思いました。というのは、私が生まれ育った静岡では、真夏の太陽がぎらぎら輝いているときに、眩しいそうにしながら「
ひどろしい」とよく言っていたからです。「ひどろしい」という言い方があるので、「ヒドリ」という言葉に、さほど違和感がなかったのだと思います。ということから、私自身は「ヒドリ」は誤字とはいえないのではないかと思いますが、一般的な「ヒデリ」にして歌にしています。2012/05/27  
「雨にもマケズ」のモデル  
「雨にもマケズ」のモデル 大津キリスト教会のホームページにリンク 
賢治と同じ岩手県花巻市の生まれで斉藤宗次郎という人がいて、その人はクリスチャンでしたが、その人の生き様をみて、賢治はこの詩を書いたと説明してあります。
ここには記載がありませんが、斉藤宗次郎は内村鑑三の忠実な弟子だったようです。(インターネット・フリー辞典「Wikipedia」より 雨にも負けず  斉藤宗次郎
 
インターネットで見つけた「雨ニモマケズ」の楽曲   

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作成日 07/03/29   更新日 2012/04/04 wmafileに変更     2012/07/18 

 ●簡単に音色を綺麗にする方法